エッセイ

廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」

其の四 「一流が壊れていく・・・!のお話」

先週、ある朝目覚めたと同時に「あっ!締め切り日!」と突然思い出し、と同時に携帯が鳴ったかと思ったら 「今週はお休みですかぁ?」と確認のお電話でした。何曜日かも分からないまま日々が過ぎ去って行っているなんて、 何でこんなに時間に余裕の無い生活をしているのかと思う今日この頃ですが、毎年年末が近づくと何故か世間も慌ただしい。

さてそんな中、先日から「雪印」「不二家」「白い恋人」に始まり「比内地鶏」の偽装が発覚し、 続いて「赤福」の偽装が発覚。「比内地鶏」以前の事件とは異なり、伊勢神宮ゆかりの歴史の古い銘菓だけに、 これだけでもかなりのショックを受けたものの、極めつけは一流中の一流「吉兆」の偽装発覚事件。ああ~、日本はここまで来てしまったのか・・・。 日本の伝統食文化を守るべく日々研鑽を重ねているであろうはずの名料亭が、自らその伝統を汚すような事をしているなんて。 日本はどうしてしまったのでしょう。総てを数字と合理性で物事の良し悪しを評価していく、今の日本の象徴的な考え方が、 自国の掛け替えのない日本文化までも侵食しようとしている事実を、どう考えても許すことは出来ません。
生き恥じをさらす位なら潔くのれんを下ろして頂きたいと思うくらいです。これがもし氷山の一角とするならば、 日本はどこまで腐り果ててしまったのでしょうか。今後もまだまだ出てくるのでしょうか。真実を知ることが恐ろしくなります。

日本を愛して止まない外国人のある知人は、食文化に限らず我々の携わっている伝統芸能やそのほかの伝統文化に関しても、 本来の形からどんどん離れていこうとしている傾向を見て、日本を愛する余り今の日本の現状に深く失望し、 「モンスターになってしまう位なら消え去ってしまった方がまだ良い。」とまで言わしめるのです。
外国人の彼でさえ日本文化がモンスター化して行っているのを懸念しているというのに、当事者の日本人は気が付くどころか自ら率先して壊していく・・・。 最早自殺行為の何物でも有りません。少し前までは「日本伝統文化」が蔑ろにされている事に疑問を持ち、まだ手の施しようが有るのではと思っていましたが、 現状はもっと深刻な所にまで進行していたことに嫌でも気付かされてしまいました。
まるで癌がジワジワと体内を侵していくかの如きです。体質改善をしない限り、癌は骨の髄まで侵しつくしてしまうでしょう。

今年アジアで初めて東京がミシュランの評価対象となり、三ツ星が8店、その中に日本料理が5店有ったそうです。 二ツ星も一ツ星も世界とは比べ物にならない位多くの飲食店に与えられ、日本の食文化のレベルの高さを世界に証明した形となりましたが、 これも正しく遠い過去に、船便の荷造りの梱包に使われていた「浮世絵」が海外で評価された途端、芸術作品となって日本に戻って来た歴史を彷彿とさせます。
これで又、日本は日本食ブームで三ツ星の店は大忙しとなる事でしょう。自分の国の文化を「ブーム」とするこの不思議な国日本・・・。 マスコミももう少し冷静に考えればいいのにと思います。しかしこの三ツ星を獲得した店が全店取材を拒否したと聞いて、流石だなと少し嬉しくなりました。

そう思うと、昔から日本人は自国の文化に対して余りにも無防備であった様に思えます。歴史を顧みても、古代は大陸から多くの影響を受け、 また外交的には鎖国していた江戸時代でさえ一部オランダやポルトガル等のヨーロッパの文化を受け入れ、 常に外国の文化に影響され続けそれを上手く日本の文化に取り入れアレンジして来たことは否めませんが、その頃の日本には日本の国としての生活や習慣の基盤が有り、 それに基づいて海外からの「異文化」を珍しいもの、面白いもの、優れたものとして楽しんでいたように思うのです。
しかし戦後、教育までも他国に委ねた事により特に高度成長期以降、日本はその基盤を失っており、日常の生活の中ですら自分が日本人と感じられる事が少なくなっています。 住まいからは畳の部屋が姿を消し、子供達はピアノやバレエを習い、洋服を着てパンを食べ挙句の果てには髪を染めズルズル足を引き摺って歩く・・・。 美しい精神国日本の欠片も感じられません。

伝統文化の「真髄」に今も尚息づいている、日本の心を今の末期症状の日本にどうやって伝えていけばいいのか、暗澹たる気持ちに陥る事も度々です。 でも、今私達に出来ることは、作物を早く生長させようと急ぐ余り、たっぷりの化学肥料を与えてしまった土を、元の健康な土に戻すのには最低5年は掛かるのと同じように、 味も栄養も無い形と不自然に奇麗な色だけの果実を育ててしまった日本という土を、根気強く耕していくことしか有りません。 そして味、栄養、色形共に本当に安全で美味しい果実を実らせたいと切望するのです。今の状況では何年先になるかわかりません。 でも土壌作りだけでも私達の世代でやり遂げねばと思います。でなければ日本という国はその懐に唯一無二の美しい珠を抱擁したまま消え去ってしまうでしょう。

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